佐伯彰一『物語芸術論』

佐伯彰一『物語芸術論――谷崎・芥川・三島』中公文庫、1993年9月
もとは1979年に出た本。小説の「語り」に注目した評論。語り論としては、けっこう早い時期の評論だろうか。
副題の通り、本書で分析の対象となる作家は芥川と三島と谷崎の3人である。そのなかでも中心となるのは谷崎だ。日本文学で「物語」や「語り」が問題になるのは、なにはともあれ谷崎であることは現在でも変わりがない。
その谷崎論のなかで、『痴人の愛』を論じた箇所が面白い。「ここで、笑われ、批評されるのは、何よりもまず語り手の「私」の滑稽さであり、「痴愚」であ」(p.223)るという『痴人の愛』は、「わが国の西洋化の滑稽な側面をこれほどたっぷりと描きつくした作品」はないという。

やり方、道具立ての安っぽさが、そのまま文明批評として生きている。風俗という表面に徹することで、かえって日本の近代化の弱味という深部を鮮やかに照射している。いわば文明感覚としての風俗把握を、これほど見事にやりとげた実例は、わが国の近代小説には又と見出し難いかもしれない。(p.223)

痴人の愛』をこのように「文明批評」の書として読むこと自体は、今ではさして珍しいことではないが、思ったのは別のことで、このような方法というか批評性は阿部和重に受け継がれているのではないかということだ。引用した評言などは、たとえば『シンセミア』について述べたものだと言ってもおかしくない。阿部和重は、たしか谷崎の熱心な読者だと記憶しているが*1、谷崎から何を受け継いでいるのか精査してみたいものだ。

物語芸術論―谷崎・芥川・三島 (中公文庫)

物語芸術論―谷崎・芥川・三島 (中公文庫)

*1:うろおぼえ