吉村公三郎『その夜を忘れない』

◆『その夜を忘れない』監督:吉村公三郎/1962年/大映/96分/シネスコ
若尾文子田宮二郎が主演。関西弁ではない田宮二郎を見たのは初めてだ。これは、広島の原爆を主題にした映画なので、その意味でも興味深い作品。
田宮二郎は週刊誌の記者で、17年目の広島がどうなっているのか取材にやってくる。取材をしてみると、もう広島には原爆の傷跡など残っていないようだった。原爆の被害を受けた人々に取材をしても、週刊誌の記事になるような「不幸な」物語など出て来ない。もう、原爆の傷は資料館や原爆ドームにしかないのだと、取材をあきらめて東京へ帰ろうとする。
そんな時、友人と立ち寄ったバーで若尾文子と出会う。彼女は、そのバーのママだった。謎めいたところを持つ若尾に田宮二郎は興味を持つ。二人は、すぐに恋愛に陥るのだが、若尾は田宮のことをどうしても受け入れようとしない。なぜなら、彼女は原爆の被害者で、将来どうなるのか分からないからだ。要するに、原爆が二人の恋愛を妨げることになる。表面上は、原爆の傷など見えないが、実はこうして人々の奥深くに傷跡は残っており、その傷はふとした瞬間に現れてくることを、こうして田宮は知ることになるだろう。
結局、田宮は結婚しようと言うが、若尾やその申し出を拒否する。一旦東京へ帰り、もう一度迎えに来ると言い残して田宮は広島を発つ。だが、数ヶ月後、田宮は彼女が亡くなったこと知る。再び広島を訪れる田宮。彼女と最後の夜を過ごした川へと向う。そこで彼女の幻影を見ながら号泣する田宮二郎の演技が良かった。この映画は、やはりアラン・レネの『二十四時間の情事』を意識しているのであろう。
興味深い映像は、安芸津からの帰りの列車の場面だ。田宮と若尾が、列車に乗っている場面。夜なので、列車の窓ガラスに若尾の姿が映っている。これは『夜の河』でも、山本富士子が夜の列車の窓ガラスにその姿が映していた場面があった。『夜の河』では、ただ鏡像を映していただけだったが、『その夜を忘れない』では、田宮二郎がこの若尾の鏡像に向って話しているような画面になっているのだ。これはかなり秀逸な画面で、鏡像に向って語りかけているように見える田宮二郎という構図は、あたかも二人の未来を予想させるものとなるだろう。田宮は結局イメージの女性を愛していただけなのではないか、二人は互いに理解しあうことが不可能なのではないか、ということを、この画面は示しているように思える。その意味で重要な場面であるし、手法上でも興味深い。