三島由紀夫『殉教』

三島由紀夫『殉教』新潮文庫、1982年4月
短篇集。ここに収められた短篇は、私にはちょっと難しい。面白いと思ったのは「三熊野詣」。興味深いのは「スタア」。
「三熊野詣」は、歌人で国文学者「藤宮先生」と、傍で十年来先生の世話をしている「常子」の物語。藤宮は、歌人としても有名で学者として業績があるのだが、外見が美しくないことと、生真面目すぎるところがある。常子は、藤宮を崇拝しており、二人は一緒に生活しているとはいえ男女の仲にあるわけではない。そんな二人が、熊野詣に出かけることになる。そこで、藤宮は三熊野に、それぞれ「香」と「代」と「子」の文字が記された櫛を一つずつ埋めていく。常子には、この藤宮の行為の意味が分からず、ひどく動揺したり、嫉妬したりするのだが、最後に藤宮は事の真相を語る。熊野は藤宮の故郷で、学生として上京するまえに、「香代子」という美しい女性と恋愛関係にあったと。だが、親の反対で仲を裂かれ、香代子は若くして亡くなる。藤宮は、香代子に六十歳になったら連れてきてやると約束していたという。そういうわけで、六十になった今、こうして熊野詣にやってきたのだと常子に話す。
が、しかし、常子は藤宮の語った話は美しいが、それは架空の夢物語なのではないかと直感する。いや、夢ですらもなく、自分でも信じていない自分の伝説を敢えて孤独な人生の最後に作ろうとしているのではないか。そう常子は考える。だが、常子はこの物語を決して信じないような表情だけは一生するまいと決意する。それが、常子が先生に忠勤してきた帰結となるはずだと。
これをどう解釈すればよいのか難しい。藤宮の語った話は本当なのか。それとも常子の直感は正しいのか。平凡な結末で落着くことのない、三島のテクニックがすごい。

殉教 (新潮文庫)

殉教 (新潮文庫)