マルグリット・ユルスナール『ユルスナール・セレクション 4』

マルグリット・ユルスナール(岩崎力 多田智満子 吉田加南子訳)『ユルスナール・セレクション 4 流れる水のように 火 東方奇譚 青の物語』白水社、2001年11月
はじめてユルスナールの小説を読んだ。この本を選んだのは、「東方奇譚」を読むためだ。「東方奇譚」は、文字通りオリエンタルの物語なのだが、ここには『源氏物語』を下敷きにした短篇が含まれているのだ。それが「源氏の君の最後の恋」という章である。
「アジアに名をとどろかせた最大の誘惑者たる源氏の君は、五十路にさしかったとき、そろそろ死ぬ心づもりをしなければならないと悟った(p.402)」という一文から物語は、始まる。死ぬ準備をはじめた源氏は、鄙びた山里に庵をつくって隠居するわけだが、そこに花散里が源氏の傍にやってくるが、追い返されたりする。いろいろな手段を尽くして、源氏の傍にいて、そして源氏の最後を看取る花散里だが、結局源氏のたくさんの女性の思い出のなかで、唯一その名を忘れられていたのが花散里であった、というアイロニーな話。面白いといえば、面白いかも。
それにしても、この話に限らず、ユルスナールの物語では人がよく死ぬ。なんでか分からないけど、人が次々と死んでいくのだ。不思議だ。これは聞いた話だが、とりわけユルスナールは首を斬ることに執着している。ほんとに斬られた首が、しばしば現れる。斬られた首に、なにか美学を持っていたようだ。
ところで、この一文が良い。

人は絶望の土台の上にしか幸福を築かぬものだ。いまこそ私は築きはじめることができそうに思う。(p.357)