読み直してみるか

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)
最近感じたこと。私の愚かな偏見でしかなかったのだが、村上春樹というのはたしかに面白い小説を書く人だ、しかしそれほど真剣に評論するような対象ではないだろうと高を括っていた。だけど、私よりも一回り下の世代、具体的には学部生とか院生になったばかりの人たちにとっては村上春樹が日本の文学のなかで重要な作家*1であり、したがって真剣に読み解く作家となっているらしい。そんな状況に、私はすこし驚きととまどいを感じている*2
というのは、私の個人的な考えでは、村上春樹論なんて真剣に書くのは10年ぐらい前だったら少し恥ずかしいなあと思っていたのだ*3。私のなかでは、赤川次郎のようなものと同様、社会学的には分析の対象となるだろうけど、村上春樹で日本の現代文学が論じられるとは思わなかったし、ましてアカデミックな場所でも研究が盛んになるとは考えられなかった。やっぱり時代が変わったのだなあと、感慨にふけったりしている。
今でも私にとって、村上春樹は面白い小説を書く人だなあというイメージしかない。だけど、日本の現代文学を考える上で重要とあれば、もう一度考え直さないといけない。とりあえず、まだ読んだことがない『ねじまき鳥…』を読まねば!

*1:たとえば、日本文学史でいう漱石や鴎外のような位置

*2:申し訳ないが、なんで村上春樹なんてまともに相手するのか、と冷めていた。

*3:いや、10年以上前でもたしかに批評の世界で論じられてはいたけど、みんな否定的に論じていたと思う。村上春樹を肯定する批評なんて少数派だったのではないか??