柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』

柴崎友香『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』河出文庫、2006年3月
本書には、「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」と「エブリバディ・ライズ・サンシャイン」の2作品が収録されている。そして、解説を綿矢りさが書いている。
「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」は、ロード・ムーヴィと言えばよいのだろうか。つまり、男女4人が大阪から東京へ車で移動する物語だ。語り手で、このドライブの中心人物である「小林」。小林の友人の「恵太」とその彼女である「ルリ」。小林の後輩の「コロ助」の4人である。この旅は、小林のわがままからはじまる。恵太とルリが休暇を利用してディズニーランドへ行く計画をしていたところ、ルリのことが好きな小林が便乗、コロ助を仲間に加えて出発することになったのだ。このように、小林は思ったことをすぐに行動に移すタイプで、その言動は「わがまま」と言えるだろう。小林の「わがまま」が、他の3人を振り回すことになるだろう。このような小林は、『青空感傷ツアー』の「音生」(超美人だが、わがままで主人公を困らせる女性)と同型であると言える。
解説の文章で、綿矢りさはこの小説を読んで「"懐かしい"という気持ちについて考えていた」(p.173)と述べている。たしかに、柴崎友香の作品を読むと、「懐かしい」という印象を受けてしまう。登場人物たちと同じような会話をしたことがないのに、なぜか「懐かしい」と感じてしまう。この「懐かしい」というのは、私的に言いかえれば「リアリティ」だと思う。つまり、柴崎作品に描かれる世界は、「リアリティ」があると感じさせるのだ。その理由の一つに、柴崎の場合、特に関西弁による会話のやり取りがある。さらに、もう一つ挙げるとすれば、それは視線、登場人物のまなざしであろう。たとえば、ルリを見つめる小林のまなざし――

 恵太が買ったばかりの青系のマーチは快適な乗り心地だったけれど、退屈なのでぼくは後部座席に並んで座っているルリちゃんの顔と手を順に眺めていた。小さくまとまった空間のお陰でルリちゃんは近く、明るい色の髪の肩で少し跳ねている毛先も、茶色のニットのカーディガンの編目もよく見える。黒いマスカラがのった睫が雲から漏れてくる光で瞼に影を作っていた。左の手首には大きめのシルバーの時計が巻いてあり、十時十分とバランスのいい位置に針があった。(p.9)

このように、気になる人の細部までまじまじと見つめてしまうのは、実際にありそうだ。これによって、小林の心境すなわち「おれはおれのほしいもんがほしい」(p.66)がよく理解できる。「懐かしさ」とか「リアリティ」などは、こうした書き方から生まれてくるのだろう。
ところで、「おれはおれのほしいもんがほしい」という小林に対し、コロ助はこう反論している。「それって自分のほしいものと人のほしいものが一致するときにはどうなるの?(略)もし小林くんがほしいものがほかの人のほしいものと一致した場合はさ、やっぱり人がほしいものでもほしいわけ? そのへんどうなの?」(p.68)これに対する小林の返答は書かれていない。綿矢りさは、このコロ助の言葉に、「正しくて、はっとさせられる。私にとってはルリちゃんの望くんへのどんな厳しい言葉より恐かった」(p.175)という。たしかに、コロ助の言葉は鋭い。この言葉が、この小説のもっとも重要な箇所となっているのは、間違いない。小林はいったいどんな答えを出したのだろうか。

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)