柴崎友香『青空感傷ツアー』

柴崎友香『青空感傷ツアー』河出文庫、2005年11月
この小説は、次のような文章で終わる。

 波が収まって、海はまた静かになった。だけどまっすぐに見える水面には、どこまでも小さな波が連なっていて、わたしたちの乗った黄色いボートはたぷんたぷんと水に柔らかくぶつかりながら、一定のリズムで揺れ続けた。限りなく光る水面に漂い続けているうちに、そのリズムはだんだんと体の中にも移ってきて、眠ってしまいそうに心地よかった。(p.166)

読み終えたとき、この文章が小説全体をうまく表現していると感じた。けっして大波が主人公たちを襲うわけではない。何か大事件が起きて、主人公の運命を変えてしまうとかいう物語ではない。だからといって、何もドラマが起きない淡々とした物語であるというわけでもない。静かでまっすぐに見える水面であっても「小さな波」が連なっており、「たぷんたぷん」と主人公たち揺らし続けている。そうした小さな「揺れ」を、真正面から取り上げて書くのが柴崎友香の特徴だと思う。柴崎友香の小説を感想を書くときに毎回指摘しているのだが、関西弁の会話による独特の文体のリズムは、たしかに「体の中にも移ってきて」非常に「心地」がよい。

青空感傷ツアー (河出文庫)

青空感傷ツアー (河出文庫)