佐伯彰一『日本の「私」を索めて』

佐伯彰一『日本の「私」を索めて』河出書房新社、1974年9月
日本文学で「私」と言えば、「私小説」が取り上げられたり、「近代的自我」という言葉で語られる事が多かった。本書は、そうした「常識」とは異なり、近代的自我と古層の繋がりを明らかにしようとする。
論じられるのは、鴎外、漱石、三島、川端、円地文子折口信夫、そして志賀直哉だ。漱石、鴎外、三島には、「武士的な自我の路頭」をみとめ、川端には「仏教的なコズモロジー、汎神論的につながる自我の地層」を、円地と折口には「仏教以前の古神道、あるいは巫女、語部的な鉱脈」をみる。
興味深い一節がある。

「やまと心」はもちろん「から心」に対する言葉で、わが国の場合、文化的な固有性、自主性の自己主張は、どうやらきまって、エロス的なものの文脈においてなされたらしいのである。外来文化、移入要素の圧力に対する、抵抗素のごときものとして「色」がよびこまれ、頼られていた趣きである。(p.154)

弱いものの抵抗の手段としての「エロス」というものがあったのか。弱さとエロスという結びつきに注目した点が興味深い。