成瀬巳喜男『君と別れて』
◆『君と別れて』監督:成瀬巳喜男/1933年/松竹蒲田/サイレント/64分
成瀬の松竹蒲田時代の作品。成瀬は東宝でずっと撮ってきたが、もとは小津と同じ松竹の出身。トーキーを撮りたいという理由から、1934年に東宝の前身であるPCL(写真科学研究所)に移ったという。その時、松竹の城戸四郎が「小津は二人は要らない」と言ったことは有名な話。
『君と別れて』は、成瀬がPCLに移る前に撮った作品だ。キネマ旬報のベストテンで4位という作品で、成瀬の名を高めた作品らしい。この映画には、水久保澄子という女性が出演しているのだが、この映画の紹介文を参照すると、彼女は当時のアイドルスターだったとある。
芸者をやっている母親を持つ「芳雄」青年が、そのことに不満を覚え、不良グループの仲間になるが、芳雄の母を慕いまた秘かに芳雄に恋している半玉の娘「照」によって、もとの芳雄に戻っていく物語。照の事情により、芳雄と照は別れることになってしまう悲恋もの。
この映画には、成瀬的モチーフがいくつか登場しており、その意味でも重要な作品だと思う。たとえば、寝ることという主題。はじめ、芳雄は学校をズル休みするために、家で寝ているし、翌日も学校をサボって原っぱのなかで寝ている。芳雄は、横になっている姿で登場している。人物が横になるのは、その人物に何らかの危機や変調が起きているサインなのだ。その次に横になる人物は、芳雄の母で、彼女は長年つきあいのあった旦那からの別れ話を切り出され、自棄になって酔いつぶれて立てなくなるだろう。年増の芸者にとって、旦那に放り出されてしまうことは、一種の危機だと言えるだろう。また、文字通り生命の危機で横たわるのは照で、彼女は、芳雄が不良グループに絡まれているのを助けようとして、ナイフで刺されてしまうのだ。こうして、物語の中心人物である三人とも横たわることになるだろう。成瀬映画にとって、横たわることは重要なサインとなることが多いことに注意したい。
もう一つは、「足」あるいは「靴」という主題である。登場人物の境遇を説明するとき、成瀬はきまってその人物の「足」や「靴」の映像を映し出す。「足」や「靴」の状態で、登場人物がどんな状態にあるのかが分かるのだ。たいていは、貧しさの表象としてボロボロの「靴」を映し出したり、穴の開いた靴下を映し出すだろう。阿部嘉昭が『浮雲』の分析の際に、「足」に注目していたことを思い出す。
これらの成瀬的モチーフが、他の作品でどのように展開していくのか注目していきたい。