『花様年華』

◆『花様年華』監督:ウォン・カーウァイ/2000年/香港/98分
この映画は『2046』に繋がる作品だったのだと今頃になって気が付いた。『2046』は、トニー・レオンが小説を書くために借りた部屋の番号だったのか。ウォン・カーウァイらしい仕掛けだ。たしか『欲望の翼』のラストに突然なんの脈絡もなくトニー・レオンが一瞬だけ登場して終るが、それが『恋する惑星』の警官として登場する人物ということになる。このようにウォン・カーウァイの映画は、外部の刻印が押されていることを確認した。
「雨」「たばこの煙」「歩く」といったウォン・カーウァイの映画によく登場する主題を追っかけながら見ていたのだが、他に見ることができるのは「階段」である。「階段」という主題は、ウォン・カーウァイでも珍しいのではないか。ウォン・カーウァイといえば「エスカレーター」のはずなのだ。もちろん、『花様年華』の時代設定が1962年の香港ということで、「エスカレーター」がなかったのかもしれないが。それを考慮すれば、ここでの「階段」はこれまでの「エスカレーター」の代理ということになるのだろうか。
しかし、「エスカレーター」がある地点から別の地点へと移動させるための道具であったとすれば、『花様年華』における「階段」はまた別の一面を持っている。たんに1階から2階から移動するための施設なのではない。
私はこれまでウォン・カーウァイの映画では「雨」が男女を接近させることを指摘したが、この話法はこの作品でもきちんと守られていた。どしゃぶりの「雨」がトニー・レオンマギー・チャンを近づける。決定的なのは、屋台へ行く場面である。夫が海外出張で留守がちなマギー・チャンは、屋台へ食べ物を買いに行く。一方、妻がなかなか帰宅しないトニー・レオンのほうは、屋台へ食事をしに行く。ともに二人が孤独であることが示されるわけだ。
この屋台へ行くには、細い階段を下りていかなければならない。ここで二人はすれ違い軽く挨拶をする場面がある。そしてその時、小雨が降り始めたことにも気が付くだろう。「雨」と「階段」の組み合わせをここに見るはずだ。
「階段」は二人の住んでいる家にもある。ここの階段も狭い。狭い階段というのは人と人がすれ違う時に、接触しなければならない。二人でこの階段を上がることは、二人が身体的にも心理的にも接近していることを示すだろう。
さらに、「階段」の印象的な場面としては、マギー・チャンがはじめて「2046」号室に向かう時がある。この場面の上記の意味合いで読み解く必要があるのではないか。
それにしても、この映画ではトニー・レオンマギー・チャンがよく何かを食べている。二人が一緒にいるときは、たいてい何かを食べる。これは不倫の二人が、一緒に小説を書く物語であると同時に、二人で食事をする映画なのである、と言える。二人が一緒に食事することが中心の物語だと言っても良いはずだ。小説を書くこと、不倫の関係になることは、そのための手段にすぎないのではないか。とすると、今度はウォン・カーウァイにおける「食べること」の主題を追いかけないといけない。

花様年華 [DVD]

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