安部公房『砂の女』

安部公房砂の女新潮文庫
久しぶりに読んでみた。しかし、この小説ほど感覚に訴えるものはないと思う。皮膚に砂がまとわりつく感覚。粘着感、腐ってぶよぶよとなる家。汗、体の匂い。読んでいるこちらも何か不快感を感じてしまう。たとえば、夏目漱石の『坑夫』あたりも身体感覚に訴える小説だった。
それにしても、「砂」とは何の寓意なのだろうか?文庫本の解説でドナルド・キーンは時間だと書いていたが。その解釈も頷ける。流動/定着という構造があり、それはたとえば流動が逃避と重なるし、定着は部落=共同体だ。定着は腐敗と結びついているが、一方で逃避は定着=拘束がなければ意味を持たないことが最後に分かる。カフカ的な寓話を想起させる。なかなか解釈が難しい。