杭州、西湖(1)

1921年3月、芥川は大阪毎日新聞社の海外視察員として中国を訪れた。

芥川は杭州に来ている。

「此処が日本領事館ですよ。」
  村田君の声が聞こえた時、車は急に樹々の中から、なだらかに坂を下り出した。すると、見る見る我々の前へ、薄明るい水面が現れて来た。西湖! 私は実際この瞬間、如何にも西湖らしい心もちになった。茫々と煙った水の上には、雲の裂けた中空から、幅の狭い月光が流れている。その水を斜に横ぎったのは、蘇堤か白堤に違いない。堤の一箇所には三角形に、例の眼鏡橋が盛り上がっている。この美しい銀と黒とは、到底日本では見る事が出来ない。私は車の揺れる上に、思わず体をまっ直にした儘、いつまでも西湖を見入っていた。

 

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芥川が来た当時、杭州に日本領事館があった。今は浙江省の何かの事務所として使われている。

この近くに断橋と白堤がある。

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新新旅館へ辿り着いたのは、その後十分とたたない内だった。此処は新新と号するだけに、兎に角西洋風のホテルである。

芥川が宿泊した「新新旅館」。

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このホテルは、西湖に面した場所にある。西湖は目の前だ。すぐ近くには孤山という小さな島がある。芥川もきっとここから西湖を眺めていた。とはいえ、芥川がこのホテルでとんでもないアメリカ人を見かけて不愉快な気分になっているのであったが。

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