小林信彦『うらなり』

小林信彦『うらなり』文藝春秋、2006年6月
この本に関しては、『文學界』2006年8月号にある石原千秋の書評が参考になる。
「うらなり」は、夏目漱石の代表作『坊っちゃん』に出てくる人物のひとり。英語の先生で古賀という「大変顔色の悪い男」のことだ。小林信彦は、この人物の視点から『坊っちゃん』を語り直している。これが非常に面白い。
この小説は、古賀が数学の教師であった堀田(=山嵐)と再会するところから始まる。そこから、古賀が当時のこと(つまり『坊っちゃん』で語られる出来事)を振り返り、さらには古賀のその後の人生をも語られることになる。
古賀いや「うらなり」は、漱石の『坊っちゃん』では可哀想なキャラクターなのかもしれないが、まあまあそれなりの人生を送ったようだ。それにしても、可哀想なのは、古賀や堀田から「あいつ」とか「五分刈り」とか呼ばれるが、その名前を忘れられてしまった<男>だと思う。仮にも短い期間だったとはいえ、同僚だったのに、名前を覚えておいてもらえない<男>。四国の中学校へ来て、学校内の騒動に巻き込まれ東京へ戻っていってしまった<男>。彼は揶揄的に<坊っちゃん>と言われたわけであるが。これこそ<坊っちゃん>の悲劇だなと思う。

うらなり

うらなり