社会学と芥川賞

ネット上でいくつか芥川賞に関することが書かれた文章を読んでいて気がついたのは、おそらく社会学を研究する人たち*1は、一様に芥川賞に不満を持っているようだ。不満までいかなくても、少なくとも賞を肯定するような意見は見られない。

これはなぜなのだろう?社会学者は、芥川賞を否定的に語ることで、何を語ろうとしているのか?

たとえば私小説私小説言説は分けて論じるべきだという研究がある。私小説言説は、私小説を論じているようで、実際は「日本」の特殊性について語ってしまうのだ。そんなことを踏まえると、やはり芥川賞に関しても芥川賞を受賞した作品と芥川賞言説ははっきり分けて論じるのが良いのだろう。果たして芥川賞言説を分析することで何が見えてくるか。これこそ社会学者の研究テーマだろう。

どうしてこんなことを書くのかというと、前にも書いたとおりなかなか作品そのものに対する評価を書く人が見当たらないからだ。どうも芥川賞を否定すると同時にそれが受賞作品の価値に直結してしまっているような気がする。単純化すれば、芥川賞が駄目だから、受賞作は価値がないと言ったような言説のことだ。冷静に見れば、もちろん賞の存在そのものの価値と小説作品そのものの価値は異なるはずなのだけど、こと芥川賞(特に今回に関しては)に関しては、それがきっちり踏まえられていない。だから、芥川賞言説と作品とは分けて考えるべきだと思うのだ。そのような場所で、受賞した作品が良かったのか悪かったのかを聞いてみたいと願う*2

*1:当然全ての人ではない

*2:私は文学研究者なので、「社会学」による文学語りより、「文学」そのもののほうに興味があるため。