阿部和重『ミステリアスセッティング』

阿部和重『ミステリアスセッティング』朝日新聞社、2006年11月
作品の発表媒体を意識した物語になっている。物語の語り手としての円熟味が増していると感じるが、たとえば『シンセミア』やそれ以前の作品に見られたような物語のデタラメさがやや薄くなっていると思う。もちろん、小さな出来事が偶然を介して大きな出来事に雪だるま式にふくれあがるといった、これまでの阿部作品の特徴は描かれているものの、全体の印象はいまひとつかもしれない。しかし、特に後半部分になると、ぐいぐいと読者を物語に引き込んでいく。後半部は非常に面白い。
この物語はさらっと読み流すと、ある意味道徳的な、あるいは教訓的な物語として読めてしまうかもしれない。つまり、匿名的な空間では、他者の言葉に対する信頼を失い、コミュニケーションはたんなる解釈ゲーム、暗号解読ゲームへと堕落してしまう。それは愚直に言葉を信じる者が不幸になるのだ。こうした社会を、主人公のシオリを通じて批判している物語と読まれてしまうのではないか。しかし、それだと阿部和重らしくないわけで、そんな単純な物語を阿部和重は書かないだろうと疑心暗鬼になると、これはまさしくこの小説の語り手と同じ立場に立ってしまう。となると、この物語をどう受け取ればいいのか。
したがって、この物語は阿部のポストモダン批判なのかと額面通りに受け取れなくなる。考え始めると、けっこう複雑な物語になっている。

ミステリアスセッティング

ミステリアスセッティング