小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』

小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』朝日文庫、2005年10月
なかなか読み応えのある小説だった。この文庫には、表題作である「にぎやかな湾に背負われた船」と「水に埋もれる墓」の二作品が収められている。どちらも「浦」と呼ばれる場所が舞台となった物語である。
解説を書いた柴田元幸は、小野正嗣の小説を「寄り道」する文学と指摘しているが、まさしくその通りで、この二つの小説における物語はいったいどこに行き着くのかが分からないほど、くねくねと入り組んでいる。それは、まるでスピードを拒否するかのように、先へ先へと急ぐ読者を立ち止まらせるかのように。この点は、物語それ自身が自覚的で、特に「にぎやかな湾に背負われた船」では「『果報は寝て待て』」という言葉が発せられ、物語の真相を早く知りたいと思う「わたし」とその父は、慌ててはいけないとたしなめられている場面がある。
ここに、「にぎやかな湾に背負われた船」のもう一つの特徴がある。それは、この小説は、物語を「語る」ことよりも「聞く」ことのほうに重点が置かれていることである。「わたし」にせよ、「浦」の駐在であるその父も、「浦」にまつわる物語(=歴史)に耳を傾け続ける人物であることに注意したい。小野正嗣は、物語をいかに「語る」かではなく、いかに「聞く」かをモチーフにしていると言えるだろう。『果報は寝て』という言葉は、もちろん物語を「聞く」ための一つの倫理なのである。
語り手の「寄り道」に、ひたすらついていくこと。語り手を急かさずに、語り手の言葉に耳を寄せ、身をまかせる。そうしたとき、はじめて「物語」は「歴史」を明らかにしてくれるだろう。そして、私たちは、この「歴史」に衝撃を受けてしまうのである。

にぎやかな湾に背負われた船 (朝日文庫)

にぎやかな湾に背負われた船 (朝日文庫)