増田聡・谷口文和『音楽未来形』

増田聡・谷口文和『音楽未来形 デジタル時代の音楽文化のゆくえ』洋泉社、2005年3月
好著。面白い。「音楽」や「作品」といった自明と思える概念が、実はなんら自明ではない。それどころか、従来の「音楽」や「作品」といった概念では捉えきれないものが、現代の音楽文化のなかに見いだせる。このズレが、いまだはっきりと言葉になっていないではないか、著者たちの関心はそこにある。そこで、著者たちはもう一度歴史を辿り直して、従来の「音楽」観や「作品」観を見つめなおし、次にそこからこぼれ落ちてしまう現代の音楽文化の何かを捉える土台を作ろうとしている。けっこう野心的だけど、記述はいたって冷静であり好感をもった。
本書では、とくにDJの文化と録音テクノロジーに注目している。私自身は、後者のテクノロジーの変化とわれわれの関係に興味がある。なので、第5章の「多層化する「聴くこと」」などは非常に面白く読んだ。ここでは、「音」をあるいは「音楽」を聴く行為が、いったいどのようになされているのかという問題を詳しく検討している。ここから導き出されるのは、DJの文化にもあてはまることでもあるが、オーディオ装置が単なる「透明な媒介」物ではないこと、「演奏」といえるものがあることを指摘している。これなどは面白い指摘だと思う。
演奏すること/聴くことの間に、かつて明確な境界があった(のかもしれない)。だが、DJにせよ音楽のテクノロジーにせよ、それらの変化が演奏することと聴くことの境界線を崩してしまった。しかし、一方で古い「音楽」観念や「作品」観念が残っており、それらの観念と現在の状況とのズレがたとえば著作権の問題として近年浮上してきたのだ。こうしたアクチュアルで、根本的な問題に答えるためにも、もう一度「音楽」を巡る言葉を再構築する作業が必要なのだということが、本書を読むとよく理解できる。私などは現代の音楽状況をほとんど知らないので、現在の「音楽」をめぐる状況がいかに複雑になっているのかはじめて知った。ほんとに勉強になる一冊だ。

音楽未来形―デジタル時代の音楽文化のゆくえ

音楽未来形―デジタル時代の音楽文化のゆくえ