すばらしい解説付き
◆中島義道『働くことがイヤな人のための本』新潮文庫
かつて、中島義道の著作を夢中になって読んでいた時期があったけど、ここ数年遠ざかっていた。しかし最近、「働くこと」について考えていたので、このタイトルを見て、とりあえず参考までに読んでみた。
この世界は理不尽であると、その理不尽さを前に苦しんだり傷ついたりするだろう。しかし、この理不尽さを問い続けることが哲学することに他ならない、ということだろうか。働くということは、理不尽さを経験することの一つとなるだろう。哲学するには、他者が必要だとも言う。
だが、人生について、漫然と何十年考えつづけても、何も出てこない。不特定多数の他者に向けてそれを表現しないかぎり、他者とのコミュニケーションを通してそれを鍛えないかぎり、強靱な思索とならない。きみの固有の思索にならない。きみが自分の固有の思索を展開したいのなら、他者を避けてはならない。他者の中で揉まれなければならない。きみに反対する、きみの思索と異質な、天と地のように異なる他者に次々にめぐり合い、彼らからめためたに切りつけられねばならない。(p.158)
中島氏は、もともとこんなふうな物言いをする人だったのかなあ。ずいぶんと常識的な、穏当な意見だなあと思う。この部分の文章なら、たとえば大学受験の入試問題になっていてもおかしくないような内容だと。私が予想していたのは、働かなくても良いのだ、という主張だったので、見事に予想を裏切られた。この本の意見は、山田ズーニーや香山リカらの就職についての文章と通底していると思う。つまり、なにはともあれ、「働いてみないと、自分が何者なのか分からないでしょ」という意見だ。
したがって、本書は、この本のなかの架空の対話者であるひきこりのA君が、最後にアルバイトを始めますと言うところで、結末となる。たとえば、A君が、最後に「たとえ他者と交わることが哲学のきっかけになったとしても、それでもぼくは働きません」、と言って出て行く結末だったら、けっこう面白い本だと思うが。この結末だと、あまりに常識的すぎて、「哲学」しているとは思えない。
どうして、ここ数年、若者の仕事離れが問題化され、それに伴って、こうした内容の本が出回るようになったのか。その社会的背景、構造を調べるのも面白い問題かもしれない。なぜ、若者の仕事離れが問題だと感じられ、そして語られるようになったのか。その社会的条件を問うこと。
ところで、本書の解説として、斎藤美奈子の書評が掲載されている。この中で、かなり本書の核心を突いた批判をしていて、非常に参考になる。この解説を読まなかったら、本書を素直に受け取って肯定していたかもしれない。目を覚ませる解説であった。