村上龍の傑作と言える
◆村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』講談社文庫ASIN:4061831585
ひさびさに参りました、という小説。これは、たしかに村上龍の小説の中でも一、二を争うぐらいの傑作だろう。ちょっと真面目に研究対象にしたいぐらいだ。
まず、感じたのは『限りなく…』や『海の向こうで…』などで試されていた文体が、この作品で自由自在に使いこなされているということ。その文体とは、もうすでに多くの論者から指摘されていると思うが、いわゆるカメラ・アイ的な描写、すなわち登場人物の内面描写は極端に削ぎ落とされて、徹底して語り手(あるいは視点人物)の目に映った情景を描き出していく、という方法のことだ。この方法、たしか『海の向こうで…』あたりだとあまり成功したように思えなかった。(というのは、かなり読みにくかったという印象を受けたので。)でも、ここではものすごい迫力をもって、読者に迫ってくる。様々なイメージが、それこそ暴力的に読者の前に展開される。それに酔いしれてしまう。
そして、この作品では視覚的イメージだけが重要なのではない。視覚よりももっと重要な聴覚のイメージ、それから嗅覚もあるし、触覚のイメージも加えて良いだろう。つまり、人間の感覚がそれこそポリフォニックに噴出してくる。こうしたことが、物語の主題である「破壊」や「生命のエネルギー」といったものと密接に結びついてくる。力強さ、スピードを感じる文体に新鮮さを感じた。
ハシ、キクという二人の主人公がいるわけなのだけど、個人的にハシには我慢ができないというか、ちょっと嫌なタイプのキャラクター。キクは、なんとなく中上健次の作品に出てきそうな人物で、まあまあ好感が持てる。一番良いキャラクターは、やっぱりアネモネか。アネモネは、岡崎京子の作品に登場しそうな女の子だし。(鰐を飼っていたり、モデルをしていたり。)なぜか気になる人物だ。
それにしても、ハシがうっとうしいと感じたのは、物語が進むにつれて、だんだんアイデンティティを喪失していって、「僕って何者?」といった悩みを抱える人物になっていくからだろう。でも、キクはキクで後半になると少々大人しい印象を受けてしまう。もっと言葉にならない「破壊」への衝動みたいなものを体現して欲しかったなあと。
「破壊」そして「憎悪」というテーマに惹き付けられる。この小説は、タイトルに「コインロッカー」とついているように、閉じられた空間や、あるいは密閉された空間のイメージが頻出している。こうした世界の閉塞感を打ち壊すエネルギー。それが生にほかならない。そもそも人は子宮という密閉空間に閉じこめられている。したがって、子宮(=母)は私たちを保護してくれる空間でもあるが、一方で私たちを窒息させるような窮屈な空間でありそれは憎悪の対象ともなるのだろう。
そうすると、この小説は「母殺し」の作品と言われるが、母を自らの手で破壊することが自立すること成熟することだ、ということなのか。キクは「母殺し」を成し遂げたと言えるし、ハシはそれが達成できなかったということで良いのかなあ?こう読んでしまうと、村上龍の最近の小説のテーマ(特に『共生虫』あたり)とほとんど一緒になってしまうのかも。